僕は貧困層でもアートを買う

アートは高いしアートコレクターはスーパーリッチな金持ちばかり。というのは半分くらい間違っていて、実際には普通の会社勤めのアートコレクターも沢山いるし、まだ評価が定まっていない作品であればボーナスを全額ぶち込めば素敵な作品が買えたりする。とはいっても日本の僕が知る限りではアート作品を沢山収集している人たちは概して会社を経営していたり、金持ち一族の末裔だったり、40歳前後の独身貴族だったりする。僕のようなミドルクラスには程遠い貧困層がアートを集めるというのはなかなか大変な事で、毎月の給料は家賃に生活費、微々たる貯金で完全に消えていく。生活するのに必要不可欠ではないアートが入り込む隙なんか全くない。一切ない。何故なら金がマジでないから。それでも貧困層の僕でも年に3作品くらいはアートを買うようになって数年経った。自分の生活がマジのギリギリだというのに、何故僕はアートに惹かれて無いお金をぽいぽい払ってしまうのか。それは彼らアーティストに最大限の感謝を示したいからだ。僕は貧困層だけれど、安定した職業で安定した仕事をしている。毎日会社に行き、毎日定時に退社して毎月同じ給料を貰っている。自分の好きなことを仕事にはしているし、今では珍しい定年退社するまで保証されている仕事をしている。それが幸せな事かは置いておいて、取り敢えず僕は自分の人生で大きなリスクを背負って生きていないのだ。平々凡々の清貧で、吾唯足知って生きている。そのような僕からすると彼らはアナーキーで自分で大きなリスクを背負いながら生きている。そしてこの世界になかったもの作り上げる。彼らがリスクを背負わなければ、この世に生まれなかったものが沢山ある。彼らの取るリスクの対価として、全く彼らの人生に関係のない僕が彼らの作品が存在する豊かな世界で生きることが出来る。僕は彼らのその生き方に感謝とリスペクト送るため、気に入った作品が自分でも買えるものであれば買うようにしている。アートは貧困層でも楽しことができる。お金が無くてもアートを所有していなくても、パブリックの美術館やアートはいくらでもあるし、ギャラリーだって見るだけなら無料だし、今ならSNSで作品とそれについての批評に触れることが出来る。最近のsupremeのお店の前に深夜から並んでいるような人たちと同じ行動原理で動いている人たちはなんだかあまり好きにはなれないけれど、それでも僕は貧困層なりにアートをこれからも買うので、アーティストさん達はお体に気を付けて頑張ってください。おやすみなさい。