古本の文化的輪廻

2019年は沢山本を買った1年だった。どのくらい買ったのかは覚えていないけれど、大体80冊くらいだと思う。昨年まではKindleや図書館で済ませていたような本も全て紙の本を買うようにした。理由としては、本棚やベッドの横のサイドボードに僕が読んだ本を適当に置いておいたりすると、それを奥さんが読むという事に知ったからだった。僕は習慣的に本を読むタイプの人間なので時間があればペラペラと紙をめくっているのだけれど、奥さんは習慣的にアニメを見るタイプの人間なので時間があるとNetflixで美味しんぼを見てゲラゲラ笑っているタイプの人間なのだ。別にそれが良いか悪いかは興味がないのだけれど、あまり本を自発的に読む人ではなかった奥さんが自分から本を読むようになったのが嬉しかったのだ。きっかけみたいなものがあれば、人は意外にすんなりと別の世界に飛び出していける。その時に気づいたのは本を買うという事は、自分が読む以外の機能果たすのだからすごい事なのかもしれないなという事で、それに気付いてからは2019年は本は全て買うことにしたのだった。本を買いまくるというのはデメリットとしてめちゃくちゃ本が溜まるという事と、お金がそこそこかかるという事で、メリットとしては沢山本屋さんや古本屋さんに行けたりして楽しいというような事がある。メリットもデメリットも全ての物事にはあるのだから特に気にする必要がない。

それでだ。本が沢山増えたので今年買った本と今までずっと持っていた本の中からもう必要ないなと思うような本を中古の古本屋に売りに出す事にした。どこの古本屋に売りに出そうかなと考えた時に、最近よく行く隣駅の文化的でインディペンデントなオキニの古本屋に売りに行くか、家の近くにある地域のとにかく安い古本屋のどちらに売るかを悩んだのだ。それなりのリスペクトを持って買い取ってくれる隣町の古本屋と、買い叩く事は明白な古本屋。僕にとって経済的な利益になるのは間違いなく前者なのだけれど、今回は後者を選んだ。決め手になったのはこの地域の古本屋の多様性がわずかでも豊かになって欲しいということだけだった。僕が持っている本のようなディープな人文科学系の本やヒップホップカルチャーについての本、海外作家の小説なんかは僕の街の古本屋には全くない。それでもこの街にはその本を読みたいと思っている学生や若い子達も少なからずいるだろうと思うのだ。僕が売りに出した本が少なからずともそのような人の役に立てればいいなと思ったのだ。

結局僕が思っていたよりも僕の本はめちゃくちゃに買い叩かれて僕個人としてはかなりバッドに入ったのだけれど、文化的寄付と自分に言い聞かせて精神状態を保っている日々が続いている。本を売って得た僅かばかりのお金は奥さんの美味しんぼコミック代に充てられることになった。それにしても何で本は中古になった瞬間にあそこまで価値が下がるのだろうね。マジで勘弁してくれよ。ファック・ユー。