ポップでキュートなkendama|山形工房『大空』

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以前富士山の山頂から濃霧の中を下っていると、登山道にいくつかある山小屋の前に辿り着いた。少し休憩でもしようかなという藩話になり、荷物を下ろして飲み物を飲んでいると、山小屋から30代前半くらいの山小屋バイトの男性が出てきたのが見えた。彼はパタゴニアのネルシャツを着て、同じくパタゴニアのバギーズパンツを履き、ウールの靴下にサンダルといった出で立ちだった。彼は山小屋の前にある石を組み合わせて作った高さ30cmほどの低い生垣のような段差に飛び乗り、ゆっくりと煙草を吸い出した。その時雨で煙草を駄目にしてしまっていた僕には、彼がゆっくりと吸う煙草がとても美味しそうに見えた。煙草を吸う彼を眺めつつ、先へと向かう準備をしていると、カンカンと木と木とが優しくぶつかり合うような音が聞こえる。その不思議な音の正体を探すために顔をあげると、さっきの彼が煙草を吸いながら、けん玉をしていた。特に何か特別な技をするのでもなく、玉を吊るした状態から大皿に移す。ショートパンツだったからか、彼のゆっくりとした大きな膝の動きを良く覚えている。彼はその簡単な動作を、その玉がガラス細工で出来た高価な美術品であるかのようにとても慎重に繰り返していた。霧で覆われてほとんど何も見えないその場所では、カンカンという優しい音が響き、煙草の匂いがした。ある程度までは先に進んだ僕達にも時々そのカンカンという音は聴こえていたけれど、ある時突然聞こえなくなってしまった。山小屋から遠く離れてしまったのか、それとも彼がけん玉に飽きてしまったのか。どちらかは分からないけれど、もうけん玉の音は聞こえなかった。

僕がけん玉を認識したのはその時が始めての事だったように思う。子供の頃に勿論けん玉を触った事はあるけれど、それは本来の意味での接触ではなかった。富士山の山小屋の前で不思議な経験と共に、僕は初めてけん玉と接触したのだった。その後も素敵なウェブサイト『冷凍都市でも死なない』でけん玉のエントリーが掲載されているのを読んだり、インターネットで最近のけん玉事情やけん玉を販売しているお店につて調べ、Googleマップに星を付けるなどの行為はしていたけれど、具体的な行動は何もしていなかった。それが先日急に僕とけん玉の運命は動き出し、気が付いたらけん玉は僕の手の中でカンカンと音を鳴らしていた。

秋葉原のアニメ関連のショップが沢山入っているビルの中に「スピンギア」というお店がある。元々はヨーヨーやコマ専門店だったのだろうけれど、独自の進化を遂げた「おもちゃ」で溢れているとても楽しいお店で、そのお店の一角にけん玉が売っている。お店の人に尋ねると、一応日本けん玉協会が定めたレギュレーション通りにけん玉の寸法は定められているという事だった。無塗装の柄に、赤い玉という純粋ジャパニーズのようなけん玉のイメージとは程遠い、ポップでキュートなけん玉が数多くあり驚く。そしてどれも恐ろしく可愛い。お店の人によると、海外のブランドが作っているけん玉には、皿の寸法が日本のものよりも大きかったり、滑り止めとして玉にマット塗装がしてあるものなどがあるという事だった。

海外ブランドけん玉のストリート感にやられながらも日本が誇る山形工房の『大空』という最も一般的なモデルから玉がマッドなミントグリーンに塗装されたけん玉を選び、買った。店内には他にも、ペン回し用の長くて大きなペンや、高級ヨーヨーなどが売っていて、見ているだけで本当に面白い。セール価格で投売りされている中国産のハンドスピナー達を指に挟み、くるくると回し、会計を終え秋葉原から離れた。

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けん玉は木で出来ているので木工細工的な嗜好も満たす事が出来るし、意外にもミッドセンチュリーの家具とマッチしたりもする。そこら辺に適当に置いておくだけでも、浮かない。それにそこら辺に置いてあるとついつい手を伸ばして、カチカチとやってしまう。もし亀を練習中なのだけれど気が向いた時にしかやらないからいつになっても出来るようにならないかもしれない。まあそれでもいいんだけれど。僕の個人的な目標はULバックパックのサイドに付いているボトルホルダーにけん玉をぶっ刺して山に持っていき、テン場のゆっくりと流れる時間の中でカチカチとけん玉を鳴らすこと。カチカチ。