メモリアルな日々

母の一周忌であり、自分の結婚記念日というメモリアルな1日だった。葬式や墓参りなどの法事全般が酷く苦手なのはいつになったら矯正されるのだろう。自分が喪主を務めるような機会が訪れることが今後くるのだろうけれど、僕は何か適当な言い訳をして葬式はやりませんとか言いそうで自分が怖い。法事が好きになれないのは嘘をその場にいる全員で許容しているあの空間が好きになれないからかもしれない。今日も寺の坊主が母の墓の前でお経をあげたあとに何か有難い死後の世界話をしていたが、いやそれ全部嘘じゃんとしか思えなくて話が全く入ってこなかった。詐欺師も気の遠くなるくらい続けていればそれは宗教になる。「お坊さん」ではなく「寺の坊主」で丁度いい。坊主にそんな嘘ばかりついて人を騙していたらいつか地獄に落ちますよと言ったところで「これは全部嘘ですから天国も地獄ありませんよ」と言われるのが関の山なので坊主のラディカル詐欺の牙城の強度は半端物じゃない。

成人の男は数人集まると仕事の話しかないので、会食ではひとりで俯きながら目の前の固形燃料で熱せられた鉄鍋の上で焼かれる牛肉を口に運ぶ作業に没頭していた。

帰りの電車の中で舐達磨の新しいアルバムを聞いていた。どれも同じようなフロウと曲で笑ってしまい。紅桜も本日リリースだそうで、そっちの方が楽しみな気がする。関係ないのだけれど最近のヒップホップ界隈はみんなウィードを当たり前のように吸っているけれど本当に警察さん何やってんのという気持ちです。内偵入れて早く彼らに箔をつけてあげてほしい。あげて欲しいギャング。ニートTOKYOを見て紅桜を知ったのだけれど、動画の最後におもむろに「猫」という思考回路の怖さに憧れがある。

家に着くともう土曜日がほとんど終わっていてショックを受ける。母親の事は自分の人生においてもっとも自分を愛してくれた人で最も僕が愛した人なので、今でもとても大切であるし、寂しくも思う。