アトピーと生活

ほとんど完治したアトピーの事を中心に

佐藤哲也『シンドローム』

 

シンドローム(キノブックス文庫)

シンドローム(キノブックス文庫)

 

これから始まる世界の終わりの中で、この世界が続けばいいのにと願う、祈りに似た愛についての話だった。宇宙からの飛来物によって、現実世界は大規模な被害を受ける。それでも主人公の頭にあるのは好きな女の子の事で、世界に起きている異生物の侵略行為もそれほどの大きな意味を為さない。例えば今の日本の日常のような、延々と続くのではないかと思えてしまう平和な暮らしでする恋と、危機的状況でする恋の違いはどのようなものなのだろうか。そのような問いに、この本では明確に答えている。恋はいかなる状況であっても恋だし、僕たちはそのような状況にあっても好きな人のことを考えてしまうのだろう。
主人公の病的なまでの性格な心理描写で小説は進んで行く。全ての名詞に形容詞がつき、全ての動詞に副詞がつく。心理描写で淡々と進んで行く。決して色鮮やかな世界ではなく、白と黒と時々冷やかし程度のグレーがあるような精神世界で、主人公と想いを寄せる久保田を中心に、世界に起きる異変が淡々と事実のように描かれて行く。色も匂いも、温度もないその状況説明は、ラジオで被災地の状況を聞いていた、3月のまだ寒い日々の事を思い出す。
そして突然、文学の花が開く。主人公と久保田が昼休みに河川敷で昼食を食べる場面で、精神世界を執拗にまで描き、内に内にとその密度と強度のみを蓄えていたストーリーが急に弾ける。木々の香り、すぐそばを流れる川のきらめき、通り抜ける風の冷たさ。そういういったものが急に花開く瞬間がある。今までモノクロームの世界で進んで居た話がその場面で、急に艶やかになる。内面を超えて、現実世界の描写を執拗までに追求するのは、その瞬間の久保田といる全てを記憶するという強い意志が伝わってくる。それでも主人公が記憶するに値するのは、川を越えた地域で起きている災害には遠く及ばずに、目の前にいる好きな人だけ。全ての世界へ向けて開かれてるセンサーを、自分の好きな人だけに全て注ぎ込むその瞬間の美しさにクラクラしてしまう。風に揺れる髪の毛一本一本の表情まで、感じ取ることができる。
決して世界がどうだとかは一切関係が無くて、ただ単純に好きで好きでどうしようもないから、その世界でどうにか生きようとする。決して大きな音がしたり、軽快な掛け合いがあるわけではないけれど、静かに、深く、世界の終わりに恋をする本。

シンドローム(キノブックス文庫)

シンドローム(キノブックス文庫)