アトピーと生活

ほとんど完治したアトピーの事を中心に

キャッチャー・イン・ザ・スシロー

はっきり言って僕には自分でもよく分からなところでイラついてしまう事がある。もうほとんど癖みたいものなんだ。最近はそいつも狂った東京の暑さにやられて大分伸びていたんだけど久しぶりにそいつが僕の前に現れた。金曜日の仕事終わり。僕の仕事は会社の規則では5:30までなんだけどその日は外に外出する用があって、4:30には家の最寄駅には着いていた。家に帰って屋上でジントニックでも飲みながら本でも読もうかなと思っているところに恋人からメッセージが届く。内容はとてもお腹空いているといった内容で、それはそうでしょうよもう夕方と夜の境界なんだからと返信する。さらに返ってきたメッセージの内容は「もう駅に着くからどこかで何か食べて行こう」という話でそこまでは良かった。焼肉や行きつけの小料理屋で適当な瓶ビールを飲むのも悪くないと思った。しかしそのあと話は変な方向に進んでいく。なんと彼女は回転寿司に行きたいとか言い出した。この湿気にまみれた東京でナマモノを食べる気は全くしない。回転寿司なら尚更。勘弁してくれよと思いながらもう全部が面倒になって駅から少し離れたスシローに向かった。回転寿司は何故か分からないけれどいつも混んでいる。そんなにみんな回転してるだけの寿司が食べたいのか。スシローの入口で予約をして発券をすます。ここまではまだよかった。そしてここからが最悪。待ち時間は10分程だった。5分を過ぎた辺りから僕はこの状況に全く耐えられなくなってしまった。なんで大して上手くもない回転寿司のためにこの混んでいる店内で待たなくてはいけないのだと思っていた。この時点でもう既に帰りたかった。不味くて安いだけの寿司を食べるために並ぶなんて本当に考えられなかった。せっかく早く終わらせた仕事で生まれたボーナスタイムをこんな事で使いたくなかった。もう帰ろうかなんて考えているところにアナウンスで僕のレシートに記載されている番号が呼ばれた。もうこの際どうでもいいやという気持ちでカウンターに案内された。店内には高校生くらいの子供達が沢山のボックス席で自分たちがこの中で一番楽しんでいますよという顔で寿司を食べながらスマホをいじっていた。必要以上の大きな声を出して笑っている様はまるで繁殖活動の一環として騒ぎ立てる南米の猿を思い出させた。南米のサルが東京の回転寿司屋で酢飯に生の魚を乗せたものを食べていた。捻れに捻れたグローバル社会。一体なんで回転寿司というのはこんなにうるさいのだろうか。席についてお茶を飲みながら恋人を待っていた。手持ち無沙汰だったから目の前を流れてきた海老のお寿司を手にとって食べたんだけれど、思った通りの東京の回転寿司の海老の味でどっと疲れが出てしまった。諦めてガリを食べていると恋人が遅れてやってくる。僕はこの時点でもう我慢ができなくなってきていて「美味しくないし、人も多すぎるしこのままここにいたら気が狂いそうになる」と周りの雑音に掻き消されないようにまくし立てた。マジで何の罰ゲームなのよこれという気持ちで僕の気分ははっきり言って最悪だった。恋人はじゃあ出て別の店に行くか聞いてきたのだけどもうどこに行っても僕の不快な気持ちは晴れそうにもなかった。諦めて恋人がお寿司を食べているのをよくそんなもの食えるなという気持ちで見ていた。精神衛生上良くない不味い食べ物は本当に食べない方がいい。自分で全てをコントロール出来る空間で自分で作ったジントニックを飲みながら自分で作った夕食を食べている方が随分と幸福でいられる。そうなってくるともう世界とか本当に必要がなくなってくるんだよ。

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

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