アトピーと生活

ほとんど完治したアトピーの事を中心に

家族になった気がした

週末に奥さんの実家に帰っていた。彼女の実家は富士山の麓にある街で、街のどこにいても大きな富士山が見える。車に乗っていても窓からは富士山が見え、実家のトイレの窓からも富士山が見えた。その、とんでもない大きさの山を見ながら生活を送るというのはどういう気持ちなのだろう。その街の周りは富士山以外にもたくさんの山が見える。家の外にでて、辺りを見渡せば一面が山で囲われていることに気づく。以前山に囲まれて暮らしていると、やっぱりみんな小さい頃から山に登ったりするのだろうかという話を奥さんに尋ねたことがある。彼女は「山というよりも、私たちを閉じ込める壁のように思っていた。」というようなことを言っていた。壁の外から来た人間にはわからない感覚が彼女たちの中にはあるようだった。
土曜日はちょうど近所でやっていたYESGOODMARKETというフェスのようなものに、車で連れていってもらった。東京では味わえないような地方特有の人口密度を保った空間は、とても気持ちのよいものだった。街に囲まれた自然の中で過ごす時間よりも、山に囲まれた自然で過ごす時間は、流れる空気の密度が違うように思えた。ハンモックに寝そべりながら、DJが流す音楽を聴きながらタイカレーを食べて、コーヒーを飲んだ。時々煙草を吸いながら、近くにいる子供たちと一緒に遊んだりして、時間が流れていった。
YESGOODMARKETを後にして、一度家に帰り、アメリカ軍の海兵隊のキャンプでやっているフレンドシップフェスティバルにも連れていってもらった。軍人の学園祭のような空間だった。言葉も人種も違うけれど、笑った顔と笑い声はみんな同じだった。彼らがずっと笑顔でいることができればいい。そういう事が世界平和だというのならば、世界平和も悪くないなと思った。世界平和なんてたいそれた言葉を使わずとも、あの人がずっと笑顔でいてくれればいいという思いがそこにあればよいと思えた。そのようなことを思わせることが政治的な目的だとしても、僕は素直にそう思ってしまったのだった。
日曜日には家族全員で近所の釣り堀に釣りをしに出かけた。初めて釣りをしたのだけれど、とても気持ちのよい運動だった。フライフィッシングに興味があるという話しをすると、彼女の父がフライフィッシング用の用具を用意してくれて、丁寧に教えてくれた。彼女の父も、息子ができたように思って居てくれているので、とても優しい。僕も彼を父のように思っている。人口の釣り堀の魚はよく釣れた。気持ちの良い朝の時間だった。その後は家に帰り昼食を食べ、夕飯の買い物に行ったり、奥さんが家族の髪の毛をリビングで切っているようすを眺めたりして過ごした。母が作った夕飯を食べて、ロマンスカーにのり東京へと戻ってきた。
ロマンスカーの時間に間に合うように、家族全員で食卓を囲み急いで食べた夕食の時間が、なんだかとても懐かしく思えた。家族ってこういうことなんだろう。自然に僕が言った「お父さん、お醤油とって」という言葉にお父さんが「はい。どうぞ」と自然に返して居た。その瞬間に僕は完全に受け入れてもらえたような気がした。家族という存在の中に、僕がいた。