アトピーと生活

ほとんど完治したアトピーの事を中心に

父と草津温泉「奈良屋」に泊まる

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父と2人で男旅と称して草津温泉に行ってきた。去年は箱根に行き、その前は四万温泉に行った。毎年男2人でただただ温泉に浸かりにいくだけなのだけれど、これがなんとも楽しいのだ。

土曜日の朝、バスタ新宿から草津行きのバスに乗り込む。バスの中で朝食に買っておいたサンドウィッチを齧り、珈琲を飲みながら、父となんでもない会話をしていた。父はそろそろ引っ越そうとしているらしく、タワマンには住みたく無いだとか、中央線沿線は住みやすくて楽しいよだとかそのような話をした。高速道路に入り、父は隣で眠りにつき、僕は持ってきた本を読んでいた。旅行なのだからもう少し情緒のある本を持って来ればよかったのに、ジェン・スーの『相談は踊る』を読んでいた。

([し]10-2)ジェーン・スー 相談は踊る (ポプラ文庫)

([し]10-2)ジェーン・スー 相談は踊る (ポプラ文庫)

 

行きのバスで読み始めて、帰りのバスで読み終わったのだけれど、時々詩的な相談やバカらしい相談などがあり、色恋沙汰だけではなくてとても面白かった。今まで読んだジェン・スーの本の中で最も面白かったように思う。

事故や渋滞などのアクシデントをくぐり抜けて、予定時刻より30分ほど遅れて草津温泉バスターミナルに着く。バスから降り立った瞬間に、山間地特有の冷えた空気が気持ち良い。バスターミナルから歩いて湯畑まで行き、近くの蕎麦屋で遅い昼食にする。百日舞茸の天ぷらを猛プッシュしていたので食べたのだけれど、なんだか胸焼けするようなタイプの油だった。蕎麦は美味しかった。店を出て湯畑を眺める。思っていたよりも小さく、思っていたよりも街の中心にある。湯畑の周りには観光客が沢山いて、皆湯畑を眺めたり、足湯に浸かったり、写真を撮ったりと、思い思いに過ごしていた。湯滝の前に行き、姉に連絡する。何故なら姉は草津のライブカメラのファンだからだ。姉は夜上手く寝付けない時などに、ベッドの中で湯滝のライブカメラを見ると、妙に心が落ち着いて眠れると言っていた。東京の街で眠れない姉に流れる時間と、草津の温泉街で非日常を味わう誰かに流れる時間。空が繋がっているのだから、時間も全て繋がっている。実際のライブカメラの映像には1分くらいのタイムラグがあり、モニターを見ている姉と電話しても、そこに移っているのは1分前の風景なのであって、なかなか僕たちが今どこにいるのかを伝えるのが難しかった。1分間同じ場所に居続ければ、モニターを観ている誰かと自分の位置を共有する事は難しくない。役に立たないライフハックです。

14:00を過ぎていたので、奈良屋にチェックインする。草津温泉に来たら一度は泊まってみたいと思っていた奈良屋に泊まることが出来て嬉しかった。自分の財力では叶いそうも無い夢も、今年社長に就任した父の財力を使えば何とかなる。今後はそのようにして生きていきたいと思う。いつか死ぬのだからなんでも使えるものは使いべきだ。

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202「しゃくなげ」と名前のついた部屋に案内される。掘り炬燵の部屋、和室、ベッドルームの3部屋で構成された約70m^2の空間はとても広々としていて気持ちの良い部屋だった。もっと大人数でくればきっと楽しいのだろうねという話を父とした。出来れば母を連れてきたかったと、父もそう思っていたと思う。奈良屋は廊下もとてもいい感じで、迷路のように入り組んだ長い廊下が印象的だった。廊下には至る所に絵や壺のようなものが飾られて居て、あー高級とはこういうことなのかと思った。

余りにも部屋の居心地が良すぎて、外に出たく無い気持ちになりつつも、自分の心に鞭を打ち、草津の温泉街に繰り出す。草津の街は僕が想像して居たよりもとても狭い。僕が想像して居た温泉街の規模は熱海のような規模感だったのだけれど、その1/4以下のサイズ感だった。海に面している温泉街と、山間地の温泉街の違い。限られた平地の中でひしめくように旅館やホテルが存在している草津の街並みも、海の近くの平地に広々と宿が点在する熱海の街並みも、どちらも良い。

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宿を出て温泉まんじゅうを食べ、商店街を抜け、西の河原まで歩く。

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途中に片岡鶴太郎美術館があってゲラゲラ笑う。ショップはただで入れるとの事なので、救心のCMの片岡鶴太郎のTシャツがある事を願いつつ中を覗く。残念ながら片岡鶴太郎の写真をプリントしたグッズは何1つとしてなく、ストイックに彼の描いた作品だけが販売されて居た。店内では延々と鶴太郎がアナザースカイに出演した回の放送が流れて居た。「朝は木のみとフルーツだけです」と言いながら海外のマーケットで木のみとフルーツを嬉しそうに買い求める鶴太郎を見てゲラゲラ笑った。鶴太郎の写真は店内にいくつか貼ってあったので、それを見るだけでも心にグッとくるものがあるのでオススメです。この写真をプリントしたTシャツを作れば絶対に間違いなく完全に売れると思うので、関係者の方々よろしくお願いします。

鶴太郎美術館から少し歩くと、西の河原に着く。どうしたってTHE BACK HORNの歌を思い出してしまうと同時に、西の河原の世界観に圧倒されてしまう。人工的に作られたいイメージの西の河原は、なんだかとてもテーマパークチックだった。水面から湯気が立ち込めているけれど、触れれば丁度良い温度の湧き出る温泉の足湯に浸かる。向かいにはイギリス系の男性が足湯に浸かりながらビールを飲んでいた。漂うムードは完全にチル。西の河原を散歩し、西の河原温泉の男風呂が完全に外から丸見えな事を確認する。今回入る機会が無かったのだけれど、めちゃくちゃでかい温泉は絶対に楽しいので次来る機会があれば絶対に浸かりたい。金曜日の夜は水着着用の混浴ナイト的なイベントもやっているらしいので、恋人達で賑わって楽しそう。

奈良屋に戻り、奈良屋の温泉に父と浸かる。酸性の強い源泉を使用しているため、浴槽含めて浴室内の構造などは基本的に木組みで構成されている。温泉も今まで僕が入ってきたような、生温いものではなく、治療に用いられるような本格的なストイックな温泉だった。温泉に入ってリラックスするというよりは、温泉と対峙するような気持ちになる。小さな露天風呂と大きな内風呂のある簡素的な温泉なのだけれど、威厳というか歴史を感じる重厚感が湯気とともに漂っている。体験として、人生で一度は入るべき温泉だと思う。途中で奈良屋に2人いるという湯守りが温度やお湯の質感をチェックしに来ていた。湯守りという職業を初めて知る。父が湯船に浸かりながら「(社長就任期間の)5年間もきっとあっという間に過ぎていくのだろうな」と呟いたのが、印象的だった。

部屋に戻りしばらくすると、縁側の窓を開けて涼んでいる僕に、ベッドルームから父のグーグーという小さないびきが聞こえた。リラックスしてくれているようで何よりで。

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夕食の時間になり、食事処まで向かう。個室の落ち着いた空間で食べる食事はどれも美味しかった。食事の時に父と対面して座ると、何を話せばいいのだろうかと一瞬緊張してしまう自分がいる。同業者であるので、簡単な仕事の話から入り、詩的な話にいつもつなげていくのだけれど、家族の食事の最初の話題が仕事というのもなんだかなと思う。もっと私的な話題で話せるように、趣味や共通点などをこれか探っていきたいと思う。

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夜の湯畑を見に行く。父と2人で湯畑の前で写真を撮った。姉はライブカメラで僕たちの動向を監視していた。多種多様な家族の形。夜の湯畑はライトアップされているのだけれど、レイブパーティのように紫にライトアップされたスモークがモクモクと立ち上るその景色を見て笑ってしまった。父が寒い寒い言い始めたので奈良屋に戻り、熱い珈琲を飲む。だらだらと話をしていたら、いつのまにか父はベッドルームでいびきをかいて寝ていた。僕もベッドで横にながら本を読もうとしていたのだけれど、気がついたら朝だった。

2日目

朝食の前に温泉に浸かる。父は僕が起きる前に先にひとりで行ってしまっていたのでひとりで。昨日とは男湯と女湯が入れ替わっている。檜の木をくり抜いて作られた、1人用の湯船や、陶器の小さな露天風呂などがあり、昨日入った厳粛な空気の露天風呂とはまた少し違った印象を受けた。外の空気を感じながら入る露天風呂はとても気持ちが良く、父と一緒に入れば良かったなと思った。

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朝食も豪華でどれも美味しい。ご飯をお代わりして、黙々と食べてしまった。今日はどうしようかなどという話になり、近くに別の温泉に入ることにする。

奈良屋のチェックアウトは遅めの11時なので、それまでゆっくりと微睡む。一井ホテルのお土産屋で、お土産を買い込む。父は花豆が美味しい美味しい言いながら大量に買っていた。他にも商店街で草津温泉公式タオルや温泉まんじゅう、かりんとうを買いつつも散歩をした。

奈良屋をチェックアウトし、荷物を持って大滝の湯へと向かう。適当な観光案内地図を見ながら歩く。途中にあったホテル高松を見て父が「結婚した時に、高松に家族で来たんだよ」という話をしていた。昔からあるものは、そこに記憶が集積されて行く。いつか僕も僕の子供と草津温泉に来て、奈良屋に昔僕も父と泊まったんだ等という話をするのだろうか。父の記憶が街に散りばめられているという事でこの街がもっと好きなる。

大滝の湯に入る。思っていたよりも大きく、商業的な匂いのする外観だった。広い脱衣所に前面がガラスの内風呂。外の明かりが浴室内に差し込み、湯気が輝く。内風呂を楽しみ、露天風呂、回し風呂へと温泉を回る。山間地域の澄んだ空気を纏いながら、外の光に包まれて入る露天風呂の気持ち良さは、天国ってこんな感じであればいいなといつも思わせる。回し風呂にはいくつかの温度の違う風呂があり、低い温度の風呂から熱い風呂へとステップを踏んで入るものなのだけれど、いちばん熱い風呂は足を入れただけで、ポップな火傷じゃんと思ってしまうほどに暑さだった。天国のお風呂がこの温度で無い事を切に願う。アーメン。

1時間以上風呂を楽しみ、服を着て脱衣所の板張りの休憩スペースで父と横になていた。いつのまにか2人ともうとうとしてしまい、気付いたら30分も立っていた。この瞬間が今回の旅行でいちばん、父といた気がした。僕が子供だった頃の、親としての優しさで、世界の危険なものから僕を守るような、そのような父に守られている感覚が僕を包んでいた。父も帰りの中であの板張りの休憩所でうとうとしている時が一番気持ちよかったよと言っていた。社長になっても人間は人間で、何をしたってそれは変わらないのだ。

バスターミナルから東京駅行きのバスに乗る。バスの中では子供についてとか、お金の使い方などの話をして過ごした。いつのまにか父は隣で寝てしまい、僕は本を読んだり、窓の外に広がる満開の桜を見て過ごした。途中で嫁から、マムアンちゃんの絵を5万円で買っていいかとラインが来て、いいよと返信をして僕も眠りについた。途中でその話をしたら、父は文化的なお金の使い方と言っていた。バスは特に混雑するでもなく、予定通りに東京駅に着き、僕と父の短い旅が終わった。改札まで2人で歩き、別の電車に乗る父にありがとうと伝えて手を振った。

いつも思う。ポジティブな意味で、僕たちはいつか死んでしまうという事を、いつも思う。今は生きていても、いつか死んでしまってもう会えなくなるのだから、生きているうちに出来るだけたくさんの事をして、死が悲しみに覆われないようにしないといけないといつも思う。父といた2日間はとても楽しかった。何が楽しかったんだろう。それは10年前の父とも20年前の父とも全く違う、少しだけ老いた父を見るのが楽しかったのかもしれない。西の河原で強い西日に包まれた父を見たのが嬉しかったのかもしれない。文章を書いていていまやっと理解出来たのだけれど、僕は嬉しかったのだ。父を沢山見ることが出来て、声を聞くことが出来て、それがたまらなく嬉しかったのだ。だから楽しかったのだと今やっと気付いた。父には楽しかったとメールをしたのだけれど、ちゃんと正確に、嬉しかったと伝え直そうと思う。いつまでか知らないけれど、その日まで宜しくお願いします。