アトピーと生活

ほとんど完治したアトピーの事を中心に

社会人になった日

朝の満員電車に濁った目の玄人達とは全く別の生き物のような、フレッシュで生命力をぎゅんぎゅんに放出している社会人が数人紛れ込んでいて、なんなんだこれは一体などと思いながら会社に着くと、今日は4月1日という事を知る。合点承知。今日数人みたキャプテンアメリカのような綺麗に澄んだ目をして、清潔感のある髪型の社会人たちは新社会人だったのだ。すごいな新社会人は。僕が社会人になったあの日、僕もあのように澄んだ目をしていたのだろうか。そんな事を考えていたら、いくつかの事を思い出した。
数年前の4月1日。僕は着慣れないスーツを着ながらこんな服着たくない仕事やめたいなどと朝から繰り返し喚いていた。この時点で本当にどうしようもないのだけれど、今でもなんとかやっていけるという事は社会は本当は全く厳しくなくて全然ちょろいという事なのだけれど、その話はまた別に書こう思う。珈琲を飲んで、煙草を吸って、半ば諦めて家を出るかと思ったその時に、当時の彼女が僕の写真を撮ったのだった。あの写真は一体なんの写真だったのだろう。スーツを着て笑いながらレンズを見つめる僕の写った写真。先日奥さんと歩いている時にその話になった。僕はあの写真どういう気持ちで撮っていたのかと聞くと彼女は、僕が家を出たあとに僕の写真を僕の母親に送り、電話をしていたと言う。「お母さんがみたいと思って写真を撮ったんだよ。私も君の母親みたいなものだから、やっと大人になったんだなと思って、そしたらなんか胸にぐっとくるものがあって、私がこんな風に思うのだから。お母さんも見たかっただろうなと思って写真を撮って送ったの。君が家を出た後にお母さんから電話がかかってきて、ふたりでお互いに子育てお疲れ様でしたって言い合って笑っていたの。」彼女が笑いながらそんな事を言うから僕はなんとなく心が締め付けられるような思いを隠すように「おれはみんなの子供だから」とか笑いながら言ったのだけれど母親の愛の深さを恋人の中に見て、少し泣きそうになってしまった。
僕が社会人になる時に祖母からも手紙をもらった。僕が中学校をサボりよく遊びにいっていた祖母の家は縁側があっていつも暖かくて、安全な世界という気がした。複雑な少年だったのか、ただただつまらない事が嫌いだったのかわからないけれど、そのような僕を笑顔で迎え入れてくれた祖母はとても優しかった。そんな祖母からの手紙には「国立の高校に行き、国立の大学院まで進んだあなたは私の自慢の孫です。」といった事が書かれていた。昔の人だから国立というものがすごいものだと思うのだろう。ただ僕を長い間見てきた祖母はさらに続けてこう記していた。「あなたがついに社会に解き放たれると思うと社会が心配でなりません。」祖母は僕のモラルの欠如が起因する様々な悪行を知っていたので、そのような事を書いたのだろうけれど、僕の心配より社会の心配をするその心意気、ナイスです。