アトピーと生活

ほとんど完治したアトピーの事を中心に

獅子文六『コーヒーと恋愛』ポップでキュートなラブについて

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なんだかずいぶん昔から君の事を知っていたような気がするな。そのように思う瞬間が人生においていくつかあって、何もそれは恋愛に限っての話だけでは無くて、本のようなものだって同じように感じるのだ。今まで何度もコンコ堂などの本屋でこの表紙を見ていたのだけれど、僕といえば「ああ曽我部さんが何か本を出したのか」と思っていた。

東京

東京

 

それには理由があって、あの表紙のデザインは間違いなくサニーデイ・サービスの東京のジャケットを基にしているし、『コーヒーと恋愛』はその東京の最後に収録されている曲のタイトルであったからだった。エッセイ集のようなものかなとさえ考えていた僕はなかなか手に取ることがなくここまで来てしまった。しかしこの本が昭和の人気作家獅子文六の作品であり、どうやらサニーデイ・サービスの同名の作品と関係しているという話を聞いてついに手を伸ばした。伸ばしたら最後であっという間に読み終えてしまった。本は良い。小説は最高。後書きには20代の曽我部恵一が神保町の古本屋で見つけたこの本を気に入り、同名タイトルの曲を作成したという事が書いてある。そして時代が違えど20代の僕としてもこの小説をとても気に入ってしまったのだった。

内容はコーヒーを入れるのが天才的に上手いテレビ女優の坂井モエ子43歳と内縁の夫ベンちゃんとその周辺も含んだ恋愛の物語。その物語に可否会と言うコーヒー愛好家の集まりも絡んでくる。簡単に言えばこのような話で、もっと簡単に言えばコーヒーと恋愛の話なのだ。

ポップな文体が僕達を惑わせる。この小説が書かれたのは1969年。物語の中ではテレビ放送が始まってまだ10年ほどしか経っていないというような事が書かれている。NHKが本放送を開始したのは1953年なので1960年代の当時の今を描いた小説という事になる。僕は歴史に疎いのでその当時がどのような社会であったのかは分からないけれど、本書を介して昭和のその時代を除いてみれば、ポップでキュートでカラフルで、今は失われつつあるアロマまで漂わせた素敵な時代だったという事が分かる。時代背景を意識して読まなければ、獅子文六のポップな文体に惑わされてこれは現代の事ではないかとすら思えてしまう。どの時代でも見ようによってはポップでキュートな世界なのだ。今だってこれからどんな未来が待ち構えているとしても。

A子さんの恋人 1巻 (HARTA COMIX)

A子さんの恋人 1巻 (HARTA COMIX)

 

読み進めて行くと登場人物のひとりベンちゃんが、A子さんの恋人のA太郎のように思えてくるから不思議で、1960年代と2019年という大きな時間に隔てられても、いつの時代も変わらないのだなと思って可笑しくなる。

コーヒーと恋愛について考えてみると、共通項が多いように思えてくる。どちらも冷めれば美味しくないし、苦くて、そして美味しい。コーヒーの苦味というのは人間の脳では毒として認識されるらしい。じゃあ恋愛はどうかというと脳ではドーパミンの分泌が多くなる。ドーパミンは脳内麻薬なんて言われるくらいなのだからこれも一種の毒と言えるのではないだろうか。毒なのに手を出さずには居られないコーヒーと恋愛。それでもその毒はいつの時代も驚くほどポップでキュートなのだ。

コーヒーと恋愛 (ちくま文庫)

コーヒーと恋愛 (ちくま文庫)