カラオケの薄くて甘いメロンソーダで思い出した事

この歳になっても突発的に深夜にカラオケに行くことがある。頻繁にではないので一年に二回程度だけれど、家の近所のカラオケには夜の10時から翌朝の6時までのフリータイムでドリンクバー込みで1900円という魅力的な値段設定のメニューがあるので、年に二回ほど友達と行くことがある。年に二回のその突発的なカラオケのお誘いがまさに昨日の土曜日だった。夜の8時過ぎにコンビニに水道料金の支払いに行くために家から出ると、屋上のペントハウスに住んでいる友人が丁度階段を降りてきてるところだった。彼は小脇にスケートボードを抱えて居て、どこに行くのかと聞くとコンビニに夕飯を買いに行くとのことだったので、僕も自分のスケートボードを持って、二人で一緒にゆるいプッシュでクルージングしながらコンビニを目指すことにした。道中の会話と言えば、今立川でデスプルーフが上映しているから見にいきたい。大画面で爆音で、燃える車の横に美女三人がジャンプしながら喜んでいるあのラストシーンが見たいというような話だった。
コンビニでお互いに用事をすませ彼のアメリカンスピリットを奪うように吸いながら帰り道をスケートボードで進んでいると、彼が急に言いだしたのだった。カラオケ行く?と。僕たちのルールとして、全くいきたいくない場合でも、何か用事がある場合でも、彼に誘われた僕は彼の誘いに乗る、その逆もまた然りというルールがあって、僕はカラオケに行くことになった。ちなみにこのルールによって彼は仕事を3回もクビになっている。奥さんもこのルールの適用者なので三人で十時前に家を出る。カラオケのすぐ近くにあるディスカウントショップでお菓子やお酒を書い、カラオケの受付をすませ、あの油とタバコの匂いがする狭くて汚い個室へと入ることになった。カラオケの楽しさを僕はよくわからないのだけれど、歌うと楽しいし、聞いているのも楽しい。何よりも普段は聞き流している曲の歌詞を大画面でまじまじと見ることなんて通常の生活をしている限り体験できないことなので、歌詞を見ているのが楽しい。そしてその歌詞が音になって、それが音楽となっていることを見ていると大して上手くもない友人達の歌でもなぜだか感動してしまうことすらある。
カラオケにはドリンクバーがついているので、各々コーラやコーヒーや持ち込んだお酒を飲みながらワイワイやっていたのだけれど、友人が持ってきてくれたメロンソーダを飲んだ瞬間にたくさんのことを思い出した。ドリンクバーの機械で、原液と炭酸を混ぜて作られるあの薄くて甘すぎるメロンソーダの味。この世界には本当のメロンソーダはコップ一杯分しかなくて、その本物のメロンソーダを何億倍にも水で薄めて作られたものが今僕の目の前にあるメロンソーダなのではないだろうかと思う。僕はいつもそう思って居た。
僕はいつもカラオケに行くとメロンソーダを飲んで、女の子に膝枕をしてもらって、みんなが朝まで騒ぎ続けるなか眠ったり、女の子と親密な会話を小声で話たりしていた。17歳の時によく遊んで居たナンバーガールが好きな彼女は、いつもロッキンホースバレリーナを履いて居て、原宿の雑居ビルに入っているアクセサリーショップで働いて居た。彼女に初めてあった日に終電を逃した僕たちは僕と彼女と彼女の友達でカラオケに行き、彼女の友達がトイレに行っている間にキスをして、僕がトイレに行っている間に、彼女の友達は彼女にあの男の子には気をつけなさいよと忠告をした。彼女がトイレに行っている間に僕はその友達からその話を聞いて、その友達ともキスをした。その彼女とはその後も何回か遊んで、お互いに恋人ができてもう会うこともなくなったけれど時々メールが来た。「今日は夏のくせに、とても冷たい風がふいていたから君を思い出したよ。元気にしていますか」僕は特に元気でも元気じゃないわけでもなかったので、そのメールを無視していたのだけれど、去年の夏に池袋の地域の盆踊り大会の手伝いをしていると、やぐらの下で浴衣を着て盆踊りを踊っている彼女を見た。彼女はもう大人になっていたし、ロッキンホースバレリーナも履いて居なかったけれど、肌は相変わらず陶器のようだった。
18歳の時に一緒に住んで居た彼女は、当時大学3年生で、ポップソングを歌ったと思ったら次の曲は中島みゆきのファイトを泣きそうになりながら歌うという少しエキセントリックな女の子だった。女の子だったという表現は本当はあまり言いたくないんだけれど、事実として彼女は当時、そういう女の子だった。一般化して、たくさんいる女の子の中の一人では無く、唯一無二の存在としての女の子だった。彼女のことを書くのは自分と向き合ってそれ相当の覚悟というか、カロリーが必要な物語になっていくことが目に見えているので詳細は今は伏せておくけれど、彼女とカラオケに行った時も僕はメロンソーダを飲んで、不味いですと言って居た。小さなカラオケボックスはいつも彼女が吸うハイライトのメンソールの煙で覆われて居た。
他にもたくさんのカラオケのこと、そこで起きたこと、そこに居た人のことを思い出した。早朝の新宿で名前も知らない友人が「この瞬間だけが新宿が綺麗なんだよ」とどこかの小説か漫画で聞いたことのあるような事を言い、新大久保百人町出身の韓国人と日本人のハーフの友人と目を合わせて笑った事とか。
カラオケの薄くて甘くて美味しくない事など分かりきっているはずのメロンソーダを、僕が懲りずに毎回飲むのは、そういう事を思い出して、ここがその時の未来だよと、今でも僕の中にいる当時の僕に伝えようとしているのだろうか。それとも、いつかの僕が今ここで生きている事を、思い出せるように現在の僕のつとめとして飲んでいるのかもしれない。