ジェーン・スー「Nissen愛してる」

 

 ジェーン・スーの「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」という本の中に「Nissen愛している」という章があってこれが本当に好きだ。おかしくて笑ってしまうというような好きではなくて、自分が感じていた疎外感を言葉にしてくれている人の存在を知った喜びみたいな。

サイズが豊富なことは、女の服選びで重要なポイント。フィットする服や靴がない時に女が受ける精神的ダメージは、途方もないものです。服や靴に拒絶されると、人として規格外の烙印を押されたような気分になります。

僕は男性にしては細くて背も低い。身長は168cmで体重は49kgから50kgいったりきたりしている。毎日3食食べて不健康な生活をしているわけでもないし、ちゃんと運動もしているのにこの体系だから嫌になる。嫌になるって言っても基本的にはAPCとかを選べば綺麗シルエットでジャストサイズを着ることもできるし最近は私服はオーバーサイズをぬるっと着ている事が多いからほとんど気にならない。問題なのはスーツとかジャケット、スラックス、セットアップとかの「ちゃんとした服」を選ぶ時だ。ハイブランドとかコレクションブランドのメンズの服はサイズがデカイ。何しろでかい。ウエストとか間違いなくぶかぶかで世の男性ってこんなにウエストあるのかと毎回思う。マジで何食って生きてんだ。毎晩寝る前にベッドに入ったらビッグマックを食べてその後にバケツサイズのアイスクリームを全部食べた後にコーラ飲んで寝ているのか。そんくらい太い。それが世の中の男性の平均的なスタイルなのだろうし、一流のデザイナーの作り上げたパターンなのだから悪いのは僕の方ななのだけれど、さっき引用した分の通りで僕は服のサイズが合わないだけで既存不適格建築物のような気分になる。君はスケール感が普通の人とは違うのでお洒落出来ませんと言われているような気分になって落ち込む。ジュンヤワタナベとかsacaiとかはコズミックワンダーとかはそれでもずっと好きだからオフの時にオーバーサイズで着ていてそれはそれでハッピーなんだけど冠婚葬祭の時とかパーティーの時とか本当に憂鬱になってしまう。着たくない服を着る事はめちゃくちゃ憂鬱だから着たくない服を着ないと行けない時には基本的にその誘いを断ってしまう。これは自分でも異常だと思うのだけれどADHDからしょうがない。自分の生活を安定させる事が最優先なのだ。その方が周りもハッピーでしょ。

だったらZOZOスーツで自分のサイズで作ればいいじゃんって事なんだけれどそれはちょっと僕の中では話が違う。麻布テーラーとかストラスブルゴでオーダーをしているのと変わらない。他の人と同じように服を選んで着たいのだ。

マジョリティと体型が異なるから楽しめることが減ったり、疎外感を感じたり気が滅入ったりするなんて、ほんとはおかしいことだと思うんですよね。だいたい、なんで服に合わせて体を縮めたり膨らませたりしなきゃいけないんだよ。入るものがないからと洋服屋の前を足早に通り過ぎたり、試着室の外の店員に「入らなかった」以外の理由を伝えるために試着室の中で頭を悩ませたり、規格外の烙印を押された女はみじめな気持ちと背中合わせで服を探します。

これなんだよな。これ。でもこの気持ちって他の人には全くわかってもらえなくて、現実の世界ではただ服のサイズが合わないっていう事だけなんだけれど、見えないところで僕はめちゃくちゃに落ち込んだりしている。だから何っていうわけではないんだけど、ジェーン・スーがこう文字にしてくれたから自分が毎回落ち込む理由も分かったしなんとなく迂回ルートとか、いい感じの解決方法をこれからゆるっと探していくしかないんだろう。という事で明日の結婚式をサボれるチャンスを虎視眈眈と狙っているのだ。

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