僕はTinderが出来ない

僕は勉強ができないみたいなタイトルになってしまったけれど、僕はTinderが出来ない。友人と遊んで居て、友人が楽しそうに画面をスワイプしているのを見て、こいつなにやっているんだろうとか思ってやってはみたものの、アプリで出会った女性と何を話していいのかわからない。

Tinderには美しい容姿の女性がたくさんいて、そういった優れた容姿を持つ彼女たちとマッチングしてメッセージのやり取りをしている時にいつも心がざわざわする。それは彼女達の容姿しか僕は褒めることができないということだ。時々メッセージが続くような女性もいて、好きな小説家とかルポライター、映画監督の話になるとそれぞれの共通点で会話ができる女性に出会うこともあるけれどそれはほとんとうに稀有なガール。
アプリの特性上仕方のないことなのかもしれないけれど、僕が言える彼女たちに対する褒め言葉というか、その時に気づいた彼女たちの素晴らしい点は基本的に容姿に関することになってしまう。かわいいねとか、綺麗ですねとか、髪の毛のラインが顎と首のラインと重ならないようになっていて素晴らしいですねとか、そういったちょっと気持ちの悪い容姿に関する褒め言葉になってしまうのだ。そんなわけあるか。いつもそう思う。

僕が言いたいのは彼女たちの素晴らしさは容姿だけなわけないだろということなのだ。本当は僕は考え方を褒めたいし、家具のレイアウトのセンスを褒めたい。他には、仕事帰りに適当に作る料理の美味しさについても褒めたい。洗濯物のたたみ方について褒めたい。大学受験で頑張ったことについても褒めたい。実家にいる猫の毛並みの良さについても、ジントニックの美味しさについても、本棚のセンスにも、その映画が嫌いな明確な理由についても褒めたい。褒めたいというようりも人間の美しさはそのような部分の方が多く宿っているのではないかとおもう。でもその部分にたどり着くにはTinderは適切なツールではないでしょ。きっと。一番最初の挨拶はHELLOでも、そのHELLOには親密な感じがなくてムズムズしてしまう。
Tinderでアルコールでベッドルームで何かしたいというよりも僕は人の優れた話しを聞いて、その優れている部分に一人で感心して、一人で褒めたいだけなのかもしれない。

昔友人の紹介で出会った獣医をやっていた女性は出会った日に僕を家に招き入れてくれたから、僕は彼女の本だなも家の家具を選ぶセンスも、グラスの洗い方も素敵な部分をたくさん見ることができて、たくさん褒めることができて本当に幸せだった。
僕はTinderが出来ない。